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第54話 東京へ

last update Veröffentlichungsdatum: 17.09.2026 19:00:48

役員会の日程が決まったのは、それから五日後のことだった。

有紗は前夜、店の棚卸しを済ませ、沙織に留守を頼んだ。

「本当に、一人で行くの?」

「うん。これは、私が自分の言葉で伝えなきゃいけないことだから」

沙織は少し不満そうな顔をしたが、やがて肩をすくめた。

「まあ、あんたがそう決めたなら、止めない。由美子さんのことは任せて」

「ありがとう、沙織」

由美子は、有紗が東京行きを告げたとき、思いのほかあっさりと頷いた。

「行ってらっしゃい。今度は、ちゃんと自分の足で追いかけるのね」

「お母さん……」

「十年前、あんたを止めたのは私だった。今度は、私が背中を押す番」

由美子はそう言って、有紗の手を握った。節くれだったけれど温かい手だった。

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  • 十年後の初恋   第58話 歩み寄り

    かすみが地元の駅に降り立ったのは、報告会から一週間後のことだった。 有紗は店の前でかすみを待っていた。会うのは、あの夏、かすみが現地を訪れて以来だった。あのときのかすみは、静かな覚悟を纏いながらも、どこか痛みを堪えているように見えた。今、目の前に立つかすみは、あのときとは違う、澄んだ表情をしていた。 「お忙しいところ、ありがとうございます」 かすみが丁寧に頭を下げた。 「いえ、こちらこそ。中で、お茶でも」 店の奥の小さな休憩スペースに、二人は向かい合って座った。有紗が淹れたお茶からは、湯気がゆっくりと立ち上っていた。 「対案、採用されて本当によかったです」 「かすみさんの企画も、力になったって篤くんから聞きました。住民の声を可視化する企画……」 「いえ、あれは私が自分のためにやったことです」 かすみは静かに首を振った。 「広報担当として、会社のやり方に、ずっと違和感を持っていました。篤くんのことがあってもなくても、いつかは声を上げていたと思います。ただ……」 かすみは、お茶を一口飲んでから続けた。 「篤くんのおかげで、その違和感に、ちゃんと向き合う勇気をもらえたのは事実です」 有紗は黙って、かすみの言葉に耳を傾けた。 「今日、伺ったのは、きちんとご挨拶をしたかったからです」 かすみは背筋を伸ばし、有紗をまっすぐに見た。 「篤くんのこと、大事にしてあげてください」 その言葉に、有紗は胸が締め付けられるのを感じた。 「かすみさん……」 「正直に言うと、悔しくなかったと言えば嘘になります。でも、篤くんが本当に大切にしたいものが何なのか、現地に来て、皆さんの様子を見て、よく分かりました」

  • 十年後の初恋   第57話 報告

    東京から地元に戻る新幹線の中、有紗はスマートフォンで沙織にメッセージを送った。 〈採決、通った。対案でいくことになった〉 返信は、驚くほど早く届いた。 〈は!? 本当に!? みんなに伝えていい!?〉 〈うん、お願い〉 窓の外を流れる景色を眺めながら、有紗は隣に座る篤の横顔をちらりと見た。篤は資料を整理しながらも、時折こちらに視線を向けては、照れたように目を逸らしていた。 「明日、商店街のみんなに報告会をしようと思う」 「俺も行っていいか」 「当たり前でしょ。責任者なんだから」 駅に着くと、改札の外に沙織が待っていた。有紗の姿を見つけるなり、駆け寄って抱きついてくる。 「やった……! 本当に、やったね!」 「沙織のおかげだよ。ずっと支えてくれて」 「何言ってんの。これは有紗が、自分の足で掴んだことだよ」 沙織は篤にも気づき、少し意地悪な笑みを浮かべた。 「桐生くんも、お疲れ様。……で? 二人の関係は、結局どうなったわけ?」 有紗と篤は、顔を見合わせて赤くなった。沙織はそれだけで察したらしく、満足そうに頷いた。 「まあ、聞かなくても分かるけどね」 翌日、対案本部には商店街の人々が集まっていた。乾物屋の主人、雑貨屋の女将、健太、朋子、そして由美子も杖をついて顔を出していた。 「報告があります」 有紗が前に立つと、部屋の空気が張り詰めた。 「昨日、東京の役員会で、私たちの対案が正式に採用されることが決まりました」 一瞬の静寂のあと、部屋中から歓声が上がった。健太が模型を抱きしめ、朋子は目に涙を浮かべ、乾物屋の主人は隣の雑貨屋の女将

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    役員たちの間で、小さく言葉が交わされる。篤には、その内容までは聞き取れなかった。ただ、心臓が痛いほど脈打っているのが分かった。 専務が、テーブルの端から順に視線を送っていく。一人、また一人と、小さな頷きが返っていく。 「反対の方は」 専務の問いに、手を挙げた役員は二人だけだった。当初案に強くこだわっていた古参の役員たちだ。だが、その他の役員たちは誰も手を挙げなかった。 「賛成多数、と見ていいだろう」 専務がそう言った瞬間、篤は自分の手が震えていることに気づいた。隣で、有紗が小さく息を呑む音が聞こえた。 「ただし」 専務は続けた。 「条件がある。工期とコストについては、改めて詳細な計画書を提出すること。それから──」 専務は篤と有紗を交互に見た。 「住民側の窓口として、早坂さん、あなたにも正式に協力してもらいたい。この案は、会社だけでも、住民だけでも、成立しないものだ。両方が手を取り合って初めて形になる」 「……はい。喜んで」 有紗の声は、わずかに震えていた。 「桐生」 「はい」 「この案の責任者は、引き続き君に任せる。今度こそ、最後までやり遂げろ」 「ありがとうございます」 篤は深く頭を下げた。隣で、有紗も同じように頭を下げているのが分かった。 会議室を出ると、廊下の窓から差し込む光が、いつもより眩しく感じられた。 「終わった……のか」 篤がぽつりと呟くと、有紗が隣で小さく笑った。 「終わったんじゃないよ。これから、始まるの」 その言葉に、篤ははっとした。 「そ

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